失敗だらけの自分

子育てについて記事を書く前に私の過去について書きたいと思います。

幼少期の私は人見知りがひどく泣き虫。怖がりで偏食で登園拒否、登校拒否もありました。

きっと今でいう育てにくい子だったと思います。

甘えたで気が小さくて忘れ物が多くて飽きっぽい。

私の母は他界しているので母がどんな思いでいたかをもう聞けないのが残念です。

当時は余程のことがない限り学校を休むなんて考えられなかったし、甘えた子になるとか逃げ癖がつくとか言われたそんな時代でした。

幼稚園に行けなったり学校に行けない自分を「やらないといけないのに出来ない」「甘えては駄目なのに頑張れない」そんな風に評価し、思春期には外見のコンプレックスも相まって気が小さくて大人しい私なんてダサい!恥ずかしい!と、どんどん本来の自分を隠し他者からよく見られようと自分を大きく見せようと必死になっていました。

いつも他人と比較し周囲の視線を気にしていました。心がいつも緊張した状態ですごく疲れていたと思います。

私の人生は無理して格好つけて疲れて失敗して隠して逃げてそんな感じ。

そんな私をいつも救ってくれていたのは母でした。

でも私が成人を迎えた頃に母は他界しました。

私は支えを失って人生のどん底に落ちた気持ちになり周囲や家族を裏切ってたくさん迷惑をかけました。

あらゆる現実から逃げて逃げて逃げまくって、もう逃げ場がない崖っぷちに立たされた時、助けてくれたのは私が裏切って自分から背中を向けた家族でした。

この時20代後半。いい大人でしたが精神的に大人になりきれないままだったんです。

そこから本当の意味で自立するために家族の助けと協力のもと、自分をたてなおしていきます。

そこで大切な出会いがいくつかあり、昔からの友達だった夫と結婚し母となりました。

こんな私が人の親になれるのか、妊娠中はそんな不安でいっぱいでしたがいざ出産してからは子供がかわいくてかわいくて仕方がなく愛しい気持ちが溢れました。

ですが同時にこんな気持ちも溢れてきました。

「私のような性格にならないように」「私のような失敗をしないように」「私がちゃんと育てなければ」

この時の私が思っていた「ちゃんと」とは「私のような人間ではないように育てる事」でした。

決めた事・決められた事をあたりまえに間違えずに実行できる人という感じ。

私はとにかく気分にむらがあり決められた事以上にあれもこれもと行動するときもあれば、反対にとにかく何もやりたくなくてトイレに行くことすら後回しにしたくなるほどに無気力となり、ひたすらに映画やドラマ、漫画やネットサーフィンに没頭して現実逃避とも思える時間を過ごすときとがあり、遊びに出たり何かに夢中になると抑制が効かなくなっていました。

自分の気分の波に気付くことが出来たのはかなり最近の事なのでそれまではただ自分はずぼらで甘えた我慢のできない人間でそんな自分は恥ずべきだとそれを隠そうと必死でした。

なのでもちろん我が子は嫌なことから簡単に逃げない、甘えたで我儘ではなく我慢が出来る、やるべき事をやるちゃんとした人となって欲しい、私のような人間に育ててはいけないと母親として純粋にそう考えていたのです。

だけどそれが大きな間違いであると教えてくれたのは子育てでした。

子育てを通して自己肯定感という言葉を知り、またHSCに発達障害、発達グレーとは何か、大切なのは受容する事であると学びました。

そしてその中でまず自分自身の自己肯定感を取り戻し、自分の思い込んだ「ちゃんとした人」ではなく「ちゃんと自分を理解しコントロール出来る人」となることが出来ました。

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