乳児の頃はどこに行っても抱っこから降りられず、外で誰かに話しかけられてはすぐに泣いていたし、
喜ぶと思って買ったおもちゃも怖がって遊ばなかったり、家のインターホンが鳴るだけでしがみつき、とにかく泣く、抱っこ抱っこだった娘。
支援センターのA先生のおかげで泣いててもいいよと言ってもらえて娘が安心して遊びに行く場所は出来たものの、それでもやっぱり他の子と比べてしまって、なにが原因なのか、私のように育ててはいけない、母親として私が娘を理解してあげて寄り添ってあげてちゃんとした子に育てるんだなどなどの考えはなかなか変わらず過ごしていました。
乳児期はあっという間に過ぎていき幼児へと成長しよちよち歩きをはじめた娘。
そうなってくると余計に他の子との違いが目に付くようになってきました。
公園に行くも砂場に入ることができない娘。砂場に興味は持っている物の中には入れなくて、スコップなどの砂場用のおもちゃを渡してみるも手に砂が付くことを拒否して持つ事も出来ませんでした。
公園に他の人や子供がいると身動きがとれなくなり何もできないままに帰る事も多かったです。
砂場で遊ぶ子供達とその周りで子供を見守りながらお喋りしているお母さん達。支援センターに初めて行った時と同様に何とも言えない疎外感があり、公園に行くことはとても少なかったです。
この頃の私は「ちゃんとした母親」「ちゃんとした子育て」こんな風に自分で自分を追い詰めていたように思います。
何事にも慎重でなかなか前に行かない娘には「楽しいよ」「ほら、他の子達も楽しそうにやってるよ」「一回だけやってみて」などと必死に声をかけていました。
みんな出来てるのになぜできないのか、とか
声掛け次第でできるのかも、とか
このままでは何事からも逃げてしまうのでは、とか
経験が足りないのか、とか
「私のせいなのか」などなど考えても何をしても嫌なものは嫌と拒否する娘。
仕方がないと思える日もあったけれど、何にもチャレンジしようとしない娘に苛立ちなんでなのと責めてしまう事もありました。
その原因はすべて、
「色んな事が続かなかったり、いつも泣いてい登園、登校しぶりをして、まともな生活が出来なかった私のようにしてはいけない」との思い、その不安からでした。